9月23日秋分の日、長野県松本市梓川倭にある大妻神社の例大祭が行われました。
大妻神社の祭神である大妻太郎兼澄公は大妻家の祖先であり、鎌倉時代からこの大妻の地に館を構えていたことが史実として残っています。
今年は大妻学院理事長の屋敷先生も参拝され、大妻家発祥のこの地をご覧になられました。
宮司さんとお会いし、コタカ先生の書物を拝見したり、近くの大妻氏居館跡も見学。

大妻コタカ記念会では、同窓会長野の方とこの例大祭でお目にかかることが恒例となっており、楽しみにしておりましたが、台風の影響もあり、交通事情で残念ながら今回はお会いできませんでした。
今年は同窓会
東京の山田代表もいらっしゃり、ご一緒にお参りすることができました。
氏子総代の方を始め役員の皆様にお世話になり、神社の詳しい資料もご用意していただくなど有難く感謝申し上げます。
雅楽の生演奏に合わせ、地元の小学生による「浦安の舞」の奉納。そして、祭り舞台が境内に入り、迫力ある引き回しが行われました。

蕎麦の花や秋桜が風に揺れ、信州の山々の美しい光景を目にして、秋の心地よい一日を過ごしました。


続く第二部からは来賓の方々も加わり、講演会「大妻コタカ青春ものがたり」が開催されました。記念会理事の髙垣佐和子氏が講師を務め、創立者・大妻コタカ先生の知られざる若き日の歩みが紹介されました。講演では、詳細な調査によって明らかになった事実が、スライド資料を用いたわかりやすい解説とともに紹介され、参加者の心に深く印象に残りました。広島県世羅郡三川村での生い立ちや、意外にも「学校嫌い」だったという幼少期のエピソード、そして18歳で志を抱いて上京し、周囲の反対を押し切りながら自らの道として洋裁を学んだ苦労の数々が語られました。
特に、1908年(明治41年)に裁縫・手芸の家塾を開き、現在の大妻学院の礎を築く過程で、コタカ先生が「教育の基本を徳性の涵養(かんよう)におく」という確固たる理念を確立していった背景には、出席者一同が深い感銘を受けました。先生の情熱と不屈の精神こそが、今日の学院の土台となっていることを再認識する時間となりました。
















