新年のご挨拶

2021(令和3)年 新しい年が明けました。本年もよろしくお願い申し上げます。

昨年は新型コロナウィルスの感染拡大により、私たちの生活が大きく変化せざるを得ない一年でした。

昨年末から第3波といわれる感染の拡大があり、ワクチン接種が日本でも可能になるという見込みはあるものの終息への見通しは未だ難しい状況にあります。

大妻学院に協力しお願いしている学生生徒の就学支援を目的とした大妻未来募金へは、多くの卒業生や大妻関係者からのご寄付をいただき、学生生徒への就学支援金や授業料減免対応およびコロナ対応経費等に役立てられています。お寄せいただいた皆様に厚く御礼申し上げます。

卒業生の皆さんの中には医療関係に携わる方、経済的に苦境に立たされている方、など様々な立場で今を懸命に生きている方がたくさんいらっしゃいます。卒業生同士が繋がっていること、支えたり支えられたりする絆の大切さを思い、誰しもが明るい未来に向かって歩んで行きたいものです。

大妻コタカ記念会の昨年の諸行事はほとんどが実施できず誠に残念でしたが、今年は感染拡大の状況を注視しながら開催を見極めていきたいと存じます。

今年も皆様のご理解ご協力を賜りますよう切にお願い申し上げます。

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大妻コタカ先生51年祭

12月3日(木)、大妻コタカ先生の51年祭が執り行われました。

例年、ご命日1月3日の1か月前に行われているものです。

靖国神社の神官の方による祭礼の後、伊藤正直理事長はご挨拶で「コロナ禍において大妻学院は様々な難しい対応が求められている。先日、大妻コタカが幾多の困難にどのように対処していったのかを考え、改めてコタカの自伝『ごもくめし』を読み返してみた。関東大震災。講堂の火災、公職追放などに遭遇したコタカは、心が折れそうになっても力強く立ち向かい、乗り越えていった。その精神を我々も持ち続けていきたい。」とお話されました。

その後はバスで多磨霊園へ移動。今年は参拝の規模を縮小して行われました。

一日も早いコロナウィルス感染の終息を願い、大妻に関わる全ての人が健やかな生活を送れるようにきっとコタカ先生。良馬先生が見守っていてくださることでしょう。

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大成龍神社(だいじょうさんまつり・雨龍画)

新型コロナの感染拡大で人々の生活が大きく変わった今年も残り一ケ月となりました。

大妻コタカ記念会の行事も、会員の皆様の健康を第一に考えると、中止にせざるを得ず何とも寂しい一年になってしまったことをとても残念に思っています。

その中、広島の世羅町のコタカ先生の生家近くの大成龍神社では「だいじょうさんまつり」の神事が11月29日に例年通り執り行われました。

 

 

 

 

 

出世の神様としてこの神社を大事に守っていらっしゃる地域の皆さんはもとよりご利益をいただいた参拝者の方々と共に、今年一年のご加護に感謝し、来年の平穏を強く願いお参りしてまいりました。

神主さんからも「神社を取り巻く木々と湖からのマイナスイオンでこの神社がパワースポットになっていることは間違いなく、その力を得て皆様が健やかにお過ごしになるように、神様もお守りくださっています」と心強いお言葉をいただきました。

コタカ先生がこの神社の創建に深くかかわり、その後この地から立身出世を成し遂げた方も多くおられ、今や全国的に有名になった「だいじょうさん」。

毎年増え続けている絵馬の数がそれを如実に物語っていることをコタカ先生もさぞお喜びのことでしょう。

この神社には今年8月に、大阪の画家立花ナオキさんの描いた「雨龍水天戯画」が奉納されました。中国新聞に掲載された記事もあわせてご覧ください。

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甲山中学校(世羅町)の生徒さん来訪

 

122日(水)、広島県世羅町立甲山中学校2年生の皆さんが、東京への修学旅行で大妻学院においでになりました。

甲山中学校では,この中学校区出身の大妻コタカ先生ことば「愛郷崇祖」を精神的支柱として、「ふるさと教育」を授業に取り入れ、熱心に学びその成果を町内の学習発表会でも発表することをしています。

    甲山中学校の校庭にある石碑

このような経緯から毎年の修学旅行の際に大妻学院訪問を続けておられます。

この日は、遠くから来られる中学生に、コタカ先生にまつわる品々を実際に見ていただくことをコンセプトに、大妻コタカ・大妻良馬研究所と大妻コタカ記念会が協力させていただき、大妻女子大学博物館に展示をして皆さんをお迎えしました。

 

 

   

記念会の井上が、展示物それぞれの解説をしていきましたが、これまで学んできたことと合わせてコタカ先生の生き方が中学生の心に響くものになればよいな、という思いがいたしました。

そして、地元世羅の生んだ立派な教育者として、中学生が誇りに思ってくれるととても嬉しいことです。

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新年のご挨拶

「令和初の」という枕詞がつく今年のお正月を迎えました。

令和2年が皆様にとりまして良き一年になりますようお祈り申し上げます。

昨年はラグビー熱が大変高まり、「one team」のスローガンのもと選手たちの活躍が記憶に残っておりますが、2020年の今年はいよいよ東京オリンピック・パラリンピックの開幕で、一層スポーツで盛り上がることでしょう。

聖火リレーが326日に福島からスタートして、全国各地を駆け抜けるということですが、皆さんの地域を通過するのはいつ頃になるでしょう。

前回の1964年の東京オリンピックの時は、まだまだ日本は世界の中では弱小国だったにもかかわらず、オリンピックに向けて着々と準備がなされ、次々に景色が変わっていく様子に日本の底力を思い、競技で活躍する選手たちの姿が強く心に残りました。

再び東京で開催されるオリンピックは、これからの社会で活躍する若い人たちに必ずや大きな力を与えるものになるだろうと期待するものです。

一方、今年は大妻コタカ先生が亡くなられて50年という年になりました。

大妻コタカ記念会ではそれにちなむ行事を進めていくことを考えておりますので、今年も皆様方のご支援を賜りますようよろしくお願い申し上げます。

 

 

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大妻コタカ先生50年祭

 

123日(火)、大妻コタカ先生50年祭が執り行われました。

1970(昭和45)年13日に85年の生涯の幕を閉じたコタカ先生の、1か月早い節目となる50年祭でした。

靖国神社の神官により年祭は粛々と進み、奏上された祝詞では「女性の教育に力を尽くした大妻コタカの精神をこれからも継承し、大妻学院が大きく発展することを大妻コタカは見守り続けていくことであろう」と述べられました。

 

 

 

 

の後、バスで多磨霊園へ移動し墓参。

くっきりと晴れた穏やかな日和で、園内の紅葉も美しく映えています。

 

 

私が学生の時に亡くなられてから50年が経過したことを改めて思い起こし、コタカ先生の姿、お声など様々な様子が蘇ってきました。

一旦、千代田キャンパスまで戻り、その後、浅草寺へ

コタカ先生は浅草寺の女性初の信徒総代を務められ、亡くなった後お位牌が浅草寺に良馬先生と共に安置されていることから、この日の法要となりました。

信仰心の深いコタカ先生は、早くに夫に先立たれた後には、大きな肩の荷を背負って心の安寧を願って、浅草寺への月参りを欠かさず行っておられたのであろうと思いを巡らせました。

コタカ先生にはこれからも卒業生を始め大妻に関わる多くの人を見守っていただけるよう、心を込めてお祈り申し上げました。

法要後は希望者による伝法院の庭園の見学。

「回遊式庭園」となっているこの庭園は、2011(平成23)年に国の名勝に、2015(平成27)年には客殿、大書院など6棟が国の重要文化財に指定されています。

仲見世の賑わいから離れた静かな中、歩みを進めるごとに様々な違った光景を見せてくれる素晴らしい庭園を大いに楽しませていただきました。

 

 

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文化講演会「三番町周辺探訪」

1130日(土)、「三番町周辺探訪」と題して文化講演会を開催いたしました。

本来は1012日に予定されていた講演会でしたが、台風19号のために変更されたもので、大妻中学高等学校の寺尾隆雄先生にご講演いただきました。

大妻コタカ先生が千代田区の富士見町からこの三番町の地に移り、生涯をかけて教育に力を注いで来られて100年余りとなります。

皇居に近いこの三番町は古くは旗本の屋敷があり、時代が変わりその屋敷跡は多くの学校、文化人や時代の要人が住む地になりました。

現在の大妻中学高等学校の場所には津田梅子が創立した津田英語塾があり、お隣の東京家政学院の場所は与謝野鉄幹が雑誌『明星』を発刊した地でした。

また東郷平八郎の住居であった近くの東郷元帥記念公園にあるライオン像は、東郷元帥の母親が日露戦争での勝利祈願をしたと言われる二七通りにある二七不動尊の方向を向いていること、さらには、日露戦争の講和をハーバード大学の同窓生であったルーズベルト大統領に働きかけた当時のアメリカ公使金子堅太郎の公爵邸が中高校舎の南側にあったことなど、時代を動かした数々の人物の住む地であったことのお話を伺いました。

三番町が教育環境として一等地であることを改めて確信した本日の講演会でした。

寒い日ではありましたが、寺尾先生に授業を受けた若い卒業生の方々も多く来ていただき有難うございました。

 

 

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「だいじょうさん祭り」&「久恵を語る会」

1124日(日)、広島の大妻コタカ先生生家の周辺の木々は美しく紅葉し、しかも朝霧が立ち込める中、生家に近い大成龍神社(通称だいじょうさん)でこの一年を締めくくる「だいじょうさん祭り」がありました。

 

 

 

 

近年、出世神社として広く知れ渡っていることから、参拝に訪れる方がずいぶん多くなっており、この日は地域の方々はもとより、おそらくご利益を授かったのであろう方がたくさん来られてのお祭りになりました。

この時期にしては穏やかな日和で、寒風が吹くこともなく、つつがなく無事一年を過ごせたことの感謝を皆さんでだいじょうさんに報告して、お祭りの幕が閉じられました。

 

引き続き、生家の「ごもくめし」で、『久恵を語る会』が開かれました。

三川ダム建設のために湖の底に沈んだ久恵集落の人たちが、一年に一度こうして集まり旧交を温めあうことを続けて今日に至っています。

「自分の家とコタカ先生の家とは隣どおしで、おじいさんとコタカ先生は仲良く小学校に通っていた」というお話や、当時の狭い道を広げることや電気を通すことにコタカ先生の尽力が大きかったことなど、いろいろ聞かせていただきました。

最後は正統の万歳三唱(足を一歩前に出し手のひらは内側にして…)をして締めくくりとなりました。

昨年はこの会に出ておられた熊田喜賢さんの姿が見られなくなってしまったことは、とても寂しいものでした。

熊田さんが残してくださった地域の皆さんとのご縁をこれからも大切にしていきたいと思っています。

 

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講習会「絵手紙をかいてみよう」

11月16日(土)、「絵手紙」の講習会が、記念会主催、同窓会東京協力のもと開催されました。

講師は、昭和44年大妻女子大学家政学部家政学科をご卒業後、2年間被服研究室で助手をなさっていた高岡起世美さん。そして、アシスタントとして山口さんに教えていただきました。

高岡先生は、「今日の講習会は1時間30分ですので、気合いを入れて参りましょ」とおっしゃて、少し早めに講習会が始まりました。

まず、「絵手紙」で大切なことは、『ヘタいい、ヘタいい』で、受け取る方を思って、気持ちを載せてかくことが大事、下書きをしない、かいたら必ずポストインすることとお話しくださいました。

次に、筆の扱いについて教えていただきました。

『墨』の場合、筆は2本指で一番上を持ち、穂先が垂直になるように肘をあげて、10センチ㍍を1分で書く、という練習をいたしました。

また、絵に色付けする際には、全く別の筆の使い方をすることもご指導いただきました。

そのうえ、「消しゴムはんこ」にも挑戦しました。それぞれが思いを込めて、「絵手紙」を完成させて、楽しい講習会を終えました。

高岡先生、山口先生には、お道具の準備から片付けに至るまで、きめ細やかにご指導賜りましてお礼申し上げます。ご参加いただいた皆様、ありがとうございました。(同窓会東京内藤)

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紅葉の集い

1110日(日)、大妻コタカ記念会の秋の行事である「紅葉の集い」が、国立劇場で歌舞伎鑑賞会として開催されました。

今年の演目は、通し狂言「孤高勇士嬢景清(ここうのゆうしむすめかげきよ)」で、悪七兵衛景清を中村吉右衛門が勤め、迫力ある舞台が繰り広げられました。

一門を滅ぼした源氏への復讐を志す平家の武将である悪七兵衛景清と娘の糸滝との情愛が描かれています。

ラストシーンは苦悩の末に頼朝への帰参を受け入れた景清が船で鎌倉へ向かう場面。

国立劇場らしい舞台装置を駆使して…とイヤホンガイドの説明がありましたが、ダイナミックな演出は大いに楽しめました。

ご参加いただきました皆様有難うございました。

 

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