文化講演会 『百人一首の編纂~その選歌について~』

2月16日(土)の午後、大妻コタカ記念会第4回文化講演会を開催しました。

今回の講演会は『百人一首の編纂~その選歌について~』をテーマとして、大妻女子大学文学部教授である柏木由夫先生にご講演いただきました。

会場である大妻コタカ記念会館には、会員だけでなく、この講演をお知りになった一般の方や大学の卒業生、中でも柏木先生のゼミの卒業生も多くおいでになり、皆さんの『百人一首』に対する関心の深さを感じました。

 

 

 

 

 

柏木先生は、ご用意くださった資料に沿って、わかりやすく、とても興味深いお話をたくさんしてくださり、ぐいぐいとお話に惹きつけられる思いがしました。

前半は”成立と定家”について、後半は“選歌・構成”についての内容でお話しいただきました。

まず、現存する最古の本として文安2年(1445)堯孝が書写した『百人一首』の複製本を見せていただきました。

百人一首については、『明月記』文暦2年(1235)5月27日の記事に「…古来人歌各一首、自天智天皇以来及家隆・雅経」と記されており、最後の後鳥羽院、順徳院の名前が入っていないことについて、後鳥羽院と選者定家との関係を、鎌倉時代の時代背景をもとにして説明されました。そして、どこかの段階で、定家は後鳥羽院と順徳院の歌を加えたとし、定家の真筆とされる『小倉色紙』では後鳥羽院の「人もをし…」も順徳院の「ももしきや…」も含まれていることを教えていただきました。

百首の歌の分類は、四季を詠んだものが32首、恋を詠んだものが43首と大半を占め、配列はほぼ作者の時代順になっていること。冒頭の天皇父子と末尾の院父子の歌の内容が明暗を示していること。

また、「百人一首」の和歌は、その一首が作者の一生を象徴する絶唱が多く、一首の恋歌に作者の生涯が籠められているようにも見えるとし、貴公子の恋歌(藤原義孝、右京大夫道雅)、女の訴える恋歌(式子内親王、儀同三司母、右近)、敗北した帝王の恋歌(陽成院、崇徳院)を取り上げ、作者の強い恋心を興味深く解説していただきました。

この講演会のために大妻女子大学図書館より、大妻女子大学総合情報センター所蔵の、百人一首に関する貴重本2冊、1冊は連歌師の宗祇による注釈本、もう1冊は与謝野晶子の蔵書であった本、および「百人一首かるた」をお借りし、皆さんにご覧いただきました。また、柏木先生がお持ちのこれも貴重な『冷泉家文庫』の書籍も皆様に見せてくださいました。

「百人一首かるた」 

箱は黒漆塗りの桐箱

畳紙はくすんだ茜乃至橙色の地に菊牡丹唐草文様

江戸時代中後期の作とされ、料紙には金泥が施され、鮮やかな色が残る素晴らしいかるたです

 

 

 

 

熱のこもった講演は予定の時間を少々オーバーしましたが、皆さんは大変熱心に聞き入っていらっしゃり、終了後に「貴重なものを見ることもでき、とても中身の濃い良い講演会でした」と、皆さんにおっしゃっていただくことができ、ありがたいことでした。

ご講演をいただきました柏木先生、そしておいでいただきました皆様に心より御礼申し上げます。

 

カテゴリー: 未分類   パーマリンク